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宮崎地方裁判所 昭和56年(行ウ)1号 判決

原告

釈迦郡敬昌

右訴訟代理人

野崎義弘

被告

日南市消防長

谷崎清

右訴訟代理人

伴喬之輔

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

第一原告の身分関係、処分の存在

〈省略〉

第二事実の認定

一女性問題について

Bと妻花子が離婚したことは当事者間に争いがなく、この事実と前示第一の当事者間に争いのない事実、〈証拠〉を総合すると、

(一)  原告は昭和三三年七月九日消防職員(臨時)に採用され、昭和五六年三月二〇日消防司令補、日南消防本部予防課主査、兼日南消防署第一小隊第一分隊長を最後に本件分限免職処分を受けた。

(二)  原告は同署第二分隊所属の消防士長Bとは、同人が昭和四三年に入署して以来、同じ分隊に所属したこともあつて、親しくなり、とくにBは上役でもあつた原告を信頼し、何でも相談する間柄であつた。そして、原告はBの家にしばしば遊びに行き、Bの妻花子とも親しく交際するにいたつた(乙三号証)。

(三)  昭和五一年七月一一日、Bは列車事故で重傷を負い県立日南病院に入院した。その折原告はしばしば見舞に来て、当時二女を妊娠中の花子を病院から自宅へ車で何度も送つていつたことがある(乙三号証)。

(四)  二女出産後、花子の態度が変り、Bとの性生活を拒否したり、制限したりし始めた(乙三号証)また、その頃から夜一〇時過ぎに電話があり、Bが出ると電話が切れ、花子が出ると二分位話をしていた(乙三号証)。

(五)  原告は花子に対し慣れ慣れしい態度をとり、Bの昭和五四年七月三一日、昭和五五年八月二七日の二回の転居の際、その都度手伝に来た原告と花子がまるで夫婦のような言葉づかいで話をしていた。

なお、右のうち二回目転居の日はBが勤務のため引越の場にいなかつた。その際、原告は自分の家の引越しでもあるかのように振舞い、引越全体の采配をふるつた。他の手伝に来た者が自分の車に荷物を積んで運んでいるのに原告は荷物を積まないで花子と二人で車に乗つて出ていつた(乙四、五号証)。

(六)  昭和五四年八月一四日花子は三人目の子供を死産し、手術で子供を取り出すことになり、Bが花子の衣類等を取りに家へ帰つて一時間位して病院に戻つたところ、手術を終えた花子のそばに原告が付き添つていた。また、花子は三日ほどで退院し死産した子供を火葬にするか土葬にするかについて、Bと花子との間で相談がそのいずれともまとまつていないうちに、原告は火葬場の手配をし、火葬場に行くべき時間を花子に連絡してきた。

昭和五五年八月二七日BはFの借家から実家へ転居したが、原告はたびたびBの家で花子と会つていた。一度は六畳の堀ごたつのところで原告と花子は二人だけで食事をしていた(乙四、五号証)。

(七)  昭和五五年一一月初め、Bが午前九時過ぎ、勤務を終えて自宅に帰り、二階の夫婦の寝室にいつたところ、裏に面した窓のカーテンのレールに原告の背広上下がかけてあり、Bが窓から外をのぞくと、白いジャージを着た原告が農道を歩いて立去つて行くのがみえた(乙三号証)。

(八)  同月一八日午前六時頃花子は一人で家を出てしまつたが、その二、三日後、朝の勤務交替の少し前に、原告はBの車庫の方に連れ出し、Bに「分れ話があるげなね。わかりー、わかりー、別れてすつきりした方がいいが。」と言つて離婚をすすめた(乙三号証)。

(九)  B夫妻は昭和五六年一月一三日離婚したが、同月一六日午後九時頃原告は花子の住居で会つていた(乙四、五号証)。

(一〇)  このような原告の女性問題が表面化し、同月二六日には日南市消防団から被告に対し、原告を厳重に処分するよう申入れがあり(乙三一号証)、同年三月一九日には日南市議会本会議でも取り上げられ、消防職員の反省を求める旨の要望がなされた。

(二) 日南消防署は消防署長以下四〜五〇人の少ない職員数で職務の性質上職員間の連帯意識も強く、また日南市は小都市で人間関係が緊密である(乙二号証)。

以上の各事実を認めることができ、これらの事実を考え併せると、被告主張の抗弁(二)1の(1)イ、ロ、ハの各事実、即ち、原告が部下Bの妻花子と性的関係を含む親密な関係になり、そのことも一因となつてBと花子が昭和五六年一月一三日離婚したこと、同月一六日以降原告の右女性問題が消防署員、消防団員、市民間に広まり、厳重処分や反省を求める書面、電話などがあつたこと、日南消防署が職員数が少なく職員間の連帯意識が強く、また日南市が小都市で人間関係が緊密であることが推認でき、〈反証排斥略〉、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。〈中略〉

第三分限処分事由該当性の判断

一分限制度と分限事由

被告は前認定の女性問題その他が原告の性格の本質に根ざすもので、原告が消防職員として必要な適格性を欠くから分限免職事由に該当する旨主張し、原告は女性問題は職務外の行為であり、その他は軽微な行為であつて右事由に該らないとして争うので次にこの点につき判断する。

そもそも地方公務員はその職務の性質上政治行為の制限(地方公務員法三六条)、争議行為の禁止(同法三七条)、兼職の禁止(同法三八条)など種々の制限を受ける反面、身分保障を受け同法に定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、若しくは免職されないものと定められている(同法二七条二項)。そして、同法二八条一項は「一、勤務実績が良くない場合、二、心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合、三、前二号に規定する場合の外、その職に必要な適格性を欠く場合、四(略)」に該当する場合に限り、その意に反して降任し、又は免職することができる旨規定している。

この地方公務員法二八条所定の分限制度は、公務の能率維持およびその適正な運営の確保の目的から同条所定の処分権限を任命権者に認めるとともに、他方、地方公務員の前示身分保障の見地からその処分権限の発動を限定したものである。

そして、同法一項一、二号は三号の「その職に必要な適格性を欠く場合」の例示であるというべきであるから、同条項一号の「勤務実績がよくない場合」とは、勤務実績の不良の原因いかんを問わないが、勤務評定の結果その他勤務実績を判断するに足る事実にもとづき、客観的に勤務実績の不良なこと、しかも、それがあらゆる指導を加え、適性を有する職を選定し、研修を行ない、また本人の努力を要求するなどの措置を講じても、なお公務員としての一般的な勤務実績と大きく劣る程度の不良であることを要すると解すべきである。

また、同条項三号の「その職に必要な適格性を欠く場合」とは当該職員の簡単に矯正することができない持続性を有する素質、能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、また支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合を指す(最判昭四八・九・一四民集二七巻八号九二五頁)。

分限処分について要求される右の適格性の有無は、当該職員の外部にあらわれた行動、態度に照らし判断するほかないが、その場合、個々の行為、態度について、その性質、背景、状況等の諸般の事情に照らして評価すべきことはもちろん、それらの一連の行動、態度については相互に有機的に関連づけてこれを評価し、さらにこれに加えて当該職員の経歴や性格、社会環境等の一般的要素をも考慮して総合的に検討したうえ、その職に要求される一般的な適格性を判断する必要がある。

このような観点から、前認定の原告の各事実につき、分限処分事由の該当性を検討していく。

二分限事由の該当性

(一)  女性問題について

原告が惹起した前認定の女性問題について被告は前示地方公務員法二八条一項三号所定の「その職に必要な適格性を欠く場合」に該ると主張し、原告は「職務外の行為としてこれに該当しない」と主張して争うので、判断するに、なるほど一般に女性問題など私行上の不品行は前示分限制度の趣旨・目的に照らし当該職員の職種がとくに高い徳性と潔白性を要求されるものであるとか、それが公務の能率維持及びその適正な運営の確保に支障が生ずる場合でなければ、前同条項三号の「その職に必要な適格性を欠く場合」に該らないというべきである。そして、日南市消防職員の任免、服務に関する規則(成立に争のない乙第三九号証)によると消防職員は廉恥を重じ、不名誉となるような行為をしてはならない旨定めているが、とくに消防職員の職種が高徳性と潔白性を要求されているとまではいい難い。しかしながら、本件における原告の女性問題は部下職員(但し、直属の部下ではない)の妻との間の性的関係を含む長期間の継続的な不倫な関係であり、しかもそれが一因で部下職員夫婦が離婚するという、衝激的な結果が発生して、小都市である日南市の消防署員、消防団員、市民間にそのスキャンダルが広まり、厳重処分や反省を求める書面、電話、市議会の決議などもあり、しかも、消防職員の市民各戸への訪問、消火活動、消防団員との協力関係、日南消防署職員の緊密な人的関係と職場環境などに照らし、このような女性問題を惹き起こした原告の性質、行動はそれが公務たる消防業務の能率維持及びその適正な運営の確保に支障が生ずる場合に該るものというほかない。

したがつて、本件女性問題を惹起した原告は簡単に矯正することができない持続性を有する素質、能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、「その職に必要な適格性を欠く場合」に該るにいたつたものというべきである。

(二)  市長公印の盗用について

前認定のとおり原告が緊急自動車運転資格記載申請書に公印使用の伺文書によることなく市長公印の押捺を受けたことは明らかであるが、それ以上に原告が市長公印を盗用したことまでは認められないから、この軽微な違式行為をもつて職務の円滑な遂行に支障があり、また支障を生ずる高度の蓋然性を推認すべき徴表とはいい難く、これによつてその職に必要な適格性を欠くとの判断をすることはできない。

(三)  罹災証明書の虚偽記入その他の事由について

前認定の第二の三、罹災証明虚偽記入、四、山林火災における勤務離脱、五、勤務成績の不良、六、上司をひぼうする言動、七、消防団員に対する不遜な態度はそれを個別的に考察する限りはいずれも地方公務員法二八条一項一、三号所定の分限処分事由たる「勤務実績がよくない場合」「その職に必要な適格性を欠く場合」にあたると認めるに足る程度のものでなく、それ以前の免職以外の軽い懲戒処分で足りる軽度の非行であるといえる。しかしながら、原告の言動にあらわれた女性問題を含むこれらの一連の行動態度やこれによりにじみ出てくる原告の性格、小都市日南市における社会環境等の一般的要素をも有機的総合的に関連して考察するときには、原告には消防署の職務の円滑な遂行に支障があり、また支障を生ずる高度の蓋然性が認められるのであつて、「その職に必要な適格性を欠く」ものといわねばならない。

第四分限免職処分選択の裁量権乱用の判断

一被告が分限降任との選択を考慮しないで女性問題をきつかけとして重い免職処分にしたのは処分の選択につき許された裁量の範囲を著しく逸脱したものであるとの原告主張の再抗弁事実につき判断する。

たしかに、同じ適格性の有無の判断であつても、分限処分が降任であるか、免職であるかでは、前者がその職員が現についている特定の職についての適格性であるのに対し、後者は現に就いている特定の職に限らず、転職可能な他の職をも含めてこれらすべての職についての適格性である点においてその内容要素に相違があるというべきである(前掲最判昭四八・九・一四参照)。

しかしながら、右分限免職に要求される転職可能な他の職とは分限処分権者である当該職員の任命権者の下にある職を指すものというべきであつて、およそ公務員一般とか地方公務員一般についての任命権者を異にする職全体を指すものではないと考える。

けだし、地方公務員法二八条一項の分限処分を行う権限を有する者は同法六条一項の任命権者であつて、その任命権者は、独自に自己の任命権限が及ぶ職以外の職への転職を命ずることはできないからである。即ち、任命権者を異にする出向や転任の場合には、出向、転任先の任命権者による任命が必要となる。

二原告の任命権者は消防組織法一三条、一四条の三第一項に照らし被告消防長であることが明らかであり、その任命権が及ぶのは被告本人尋問の結果によると原告が所属していた日南消防本部日南消防署のほか、日南市内にある同油津、飫肥各出張所であつて、〈証拠〉によると、日南消防本部に女子の事務吏員の一名があるのみで他は消防士以上の消防吏員であり、右各出張所も日南市内にあるものでその規模も小さく所轄内の住民の人的関係と日南消防署以上に緊密であると認められるから、原告の前示職に必要な適格性の欠缺は、被告消防長の任命権が及ぶ他の職への降任、転職によつては到底賄えない性質のものであり、本件において分限免職前に停職以下の懲戒処分などを行なつていないこと、分限免職の場合における適格性の判断に要求される厳密、慎重さを考慮しても被告が本件分限免職処分を行なつたのがより軽度の降任処分との選択につき許された裁量権を逸脱したものであるとか、その判断が合理性をもつ判断として許容される限度を超えたものであつてそれが裁量権の行使を誤つた違法のものであるとはいえない。

したがつて、原告の前示再抗弁は採用できない。

第五結論〈省略〉

(吉川義春 有満俊昭 鳥羽耕一)

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